それにしても、期せずして、こういう「寝たきりになってしまったチンパンジーの行動の観察」についての知見が得られたのは、日本ならではのことだったようだ。
日本人なら、寝たきりのチンパンジーの面倒を親身になって見るということは、ごく自然な行為と感じると思う。そういう文化風土があるからだ。
でも、欧米では、こういう状態になったら、すぐに安楽死させるのが普通で、結果としてこんな「研究」はなりたたない。
チンパンジーは絶望しない。今ここだけをいきているからだ。
一方、ヒトは、今ここでないところに、こころがとらわれやすい。 ふと気づくと、ヒトのこころの焦点は、今ここでないところに結んでいるのが普通と言っても良いくらいだ。
それは絶望を産み出す原因でもあるけれど、未来への希望や夢を見ることができるということでもある。
いま、ここでないことに思いを馳せるということは、論理の飛躍であり、つまり非論理的であるという事でもある。